北の戦争の爪あと
開店一番の客としてお店に入り、やっと、念願の休息を取ることができました。これから、午後も歩き続けるための燃料補給です。

補給を無事に終えたのですが、体が休まったわけではありませんでした。足を引きずるように、開基100年記念塔へと向かいました。今日のお昼からの目的は、そこです。オロロンラインを北上しているときは、記念塔のある山の上は雲で覆われて見えませんでした。しかし、今は雨も止み、「さぁ来い、登って来い!」と言わんばかりに塔の姿を見ることができたのです。
南稚内駅で1時間ほど休息を取り(不可抗力・・・)、宿泊予定のホテルを過ぎ、初のコンビニでチョコレートを購入し、燃料をちびちびと補給しながら、途中で道を尋ね、階段をいくつも上り、氷雪の門を越え、ジローを越え、お昼ごはんから2時間の後にたどり着くことができました。
■稚内 開基100年記念塔へのリンク(gooの観光レジャーガイド)
公式よりも情報が多いのです。塔の写真は、撮るのを忘れていました・・・。

東方向。フェリーターミナル、稚内駅、遥か向こうに宗谷岬があります。塔の最上階は狭く、椅子もありません。でも、夜に一度訪れたいなと思います。

南南西方向。おなかペコペコ&傘さしで歩いてきた抜海岬が見えます。よくもまぁ、あんな遥か遠方より歩いてきたものです。「やったぞ!」感はとても満たされています。

西方向。利尻島の利尻富士が見えています。山は雨雲で見事に覆われています。(T_T この計画の初めには、あの島へ渡ることも考えていました。
北方向は、次のお楽しみです。
さて、開基100記念塔の基部には、北方記念館があります。ここでは、稚内の歴史が展示されています。北国ならではの開発の苦労が描かれています。正直なところ、なぜにそうしてまで? と思ってしまいました。
もうひとつ知ったことがあります。それは、この知でも戦争があったということです。ソ連が攻めてきたときに、自害する道を選んだ人たちのことを知りませんでした。教育のせい、戦争をしたせい、そして敗北するということの結果を目の当たりにする出来事でした。
稚内でこのような悲惨な出来事があったことを、私は知らず、教科書で読んだ記憶もありませんでした。沖縄のひめゆりの塔の話だけは習い、そしてその地を訪れたことはあります。ここで起こった事実も、広く伝えるべきだと思いました。そして、訪れるべきだと思いました。
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